はじめに 宇部の歴史

ウェブ番号1003974  更新日 2023年4月13日

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ふるさとの歴史

宇部市は本州西端の山口県西南部に位置しています。周防灘に突き出るように、南北に細長く伸びた本市は、温暖な気候と豊かで美しい自然に恵まれ、1万数千年以上も前から私たちの祖先が生活を営んできました。

原始・古代では、旧石器時代の石器が多数発見された「長桝遺跡」(西岐波)、縄文時代の海浜集落遺跡である「月崎遺跡」(東岐波)、県内最大規模の弥生貝塚を伴った高地性集落の「北迫遺跡」(川上)や、古代中央政権との関係が伺われる三角縁神獣鏡が出土した「松崎古墳」(藤山)など県内を代表する遺跡が残っています。

また中世では、霜降山山頂に霜降城を築いた厚東氏が厚東棚井を本拠に、長門国守護として活躍し、同時に中世文化も花開きました。戦国時代では大内氏の守護代内藤氏が市内最高峰である吉部の荒滝山に築かれた荒滝山城を居城としていました。江戸時代になると、毛利藩永代家老の福原氏が宇部領主となりました。鵜ノ島開作をはじめ常盤池の築造や真締川の付け替えなどにより、耕作地を拡大し、幕末まで宇部地域の発展に尽くしました。

江戸時代初めに船木村や宇部村で発見された石炭は、瀬戸内の塩田用としてその需用をのばし、明治時代以降は各地で炭鉱が開かれ、石炭産業が発展していきました。宇部村は人口の急速な拡大と飛躍的な発展を遂げ、大正10年11月、一挙に県内2番目の市制を施行しました。以降、宇部市は石炭産業から化学工業へと転進し、屈指の工業都市となるほどに産業が発展していきました。

こうした中、本市では令和5年4月1日現在で、国指定5件、県指定18件、市指定文化財が56件指定され、また国登録有形文化財が5件、国登録記念物1件が登録されています。

先人が創造し育んできた文化の所産である文化財は、郷土の歴史・文化・生活の変遷を学び、正しく理解する上で大変貴重なものであり、また、将来の文化創造発展の基礎となるものです。

これらを大切に保存管理し後世に伝えるのは私たちの努めであり、一方、大いに活用していかなければならないと考えております。

市民の皆さまはもとより、多くのかたに市内に残っている文化財を知っていただき、郷土の歴史を理解していただくための案内役として活用していただければ幸いです。

このページに関するお問い合わせ

教育委員会事務局 学びの森くすのき・地域文化交流課
〒757-0216 宇部市大字船木字内番田361番地6

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    電話番号:0836-67-1277 ファクス番号:0836-67-0691

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