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更新日:2018年6月12日

「緑と花と彫刻のまち 宇部」ができるまで

彫刻

(1)緑

街路樹の画像宇部市の緑化事業のはじまりは、「降灰量日本一」という公害問題を克服することがきっかけとなりました。

昭和26年(1951年)、当時世界一といわれたイギリスのマンチェスターをもしのぐ1ヶ月あたりの降灰量1平方キロメートルあたり55.86トンの降下ばいじんの対策として、全国に先がけ、市民・企業・学者及び行政の四者が協力した独自の公害対策(宇部方式)により問題解決に取り組む一方、緑化事業の実施にとりかかりました。

市街地の多くが干拓や石炭廃土のボタによる埋立で造成された土地で、樹木を育て得る土質ではなかったため、客土と施肥による土壌づくりからはじまった緑化事業は、食べるにも事欠くような戦後の荒んだ時代の中、当初、共感を得ることはできませんでしたが、樹木が育ってくるにつれ次第に市民の共感や協力が得られるようになってきました。そして昭和41年(1966年)には様々な市民運動を統合して「宇部市緑化運動推進委員会」が組織され、緑化事業が推進されることとなりました。

現在では、街路樹は約87,000本となり、市民2人に1本の割合でしっかりと根付いています。

「宇部方式」については、次のページをご覧下さい。

(2)花

花の画像緑化事業が多くの市民の共感を得て、まちぐるみの運動に育ち、緑が根付いていくにつれて「緑と花づくりを通して生命の尊さを」「人づくりの原点を緑と花づくりに」といった声が高まってきました。

このような気運のなかから、昭和30年(1955年)に商工会議所の提唱で「宇部を花で埋める会」が、昭和33年(1958年)には市女性問題対策審議会の提唱で「市民公園を花で埋める会」が発足しました。しかし、花の種子も資金もなかったため、関係者は婦人団体や子ども会、町内会へ呼びかけて各家庭の手持ちの種子の提供や事業所等へ種子代の寄付をお願いすることからはじめ、やがて「花いっぱい運動」などの様々な市民運動へと広がっていきました。

昭和33年(1958年)には20団体が参加して花壇コンクールが実施され、その後昭和35年(1960年)には「花壇コンクール実施要領」が定められ、年2回春と秋に実施すること、花壇用の苗は市の苗圃で育てて参加団体に無償配付すること等が決まりました。現在では、約150団体の参加があり、配付する苗も春、秋それぞれ約27万本となり、春はキンセンカ、秋はサルビア、マリーゴールドの花が道路、公園、学校、事業所などで咲き誇り街の彩りとなっています。

(3)彫刻

彫刻の画像

「緑化事業」「花壇コンクール」等に続き、自然(緑と花)と人間(市民)との接点として、まちに彫刻を置こうとする「宇部を彫刻で飾る運動」が提唱され、市民運動として広がり、昭和36年(1961年)には、我が国で初めての野外彫刻展である「第1回宇部市野外彫刻展」が開催されました。その後、昭和38年(1963年)の「全国彫刻コンクール応募展」を経て、昭和40年(1965年)からは「現代日本彫刻展」として隔年で開催されており、全国で最も歴史のある現代彫刻展として現在に至っております。この彫刻展は、日本を代表する彫刻家の舞台として、また、新人作家の登竜門となっており、さらに、都市景観と彫刻との関わりの追及は、「彫刻のあるまちづくり事業」のモデルとなっております。

この彫刻展での入選作品や市民からの寄贈作品及び民間所蔵作品など160点余りの野外彫刻が市内の公共空間に展示されており、我々にうるおいとやすらぎを与えてくれるとともに、本市の代表的な都市景観となっています。

宇部市の彫刻については、次のページをご覧下さい。

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