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更新日:2018年3月31日

旧石器~縄文時代

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旧石器時代(200万年前~1万3千年前)

日本がまだ大陸と陸続きになっていた氷河時代に、ナウマンゾウやオオツノジカなどの動物を追い求めて、人々は日本列島にやって来ました。約2万年前頃が最後の氷河期で海水面が約100メートル低下していたようです。人々は丘陵上に住み、獲物を求めて移動する狩猟、採集の生活を営んでいました。まだ土器はなく、彼らの道具は石を割って作った、ナイフ型石器や細石刃(さいせきじん)などの打製石器を使っていました。市内で最初に人が住み始めたのは、西岐波の台地(長桝遺跡、南方遺跡)や常盤湖周辺で、1万数千年前の石器が出土しています。石材の一つである黒曜石は、大分県姫島や佐賀県腰岳産のもので、当時から交流があったものと考えられます。

長桝遺跡(ながますいせき)

ナイフ型石器や細石刃などの旧石器時代の石器類や、縄文時代早期(約8,000年前)の炉跡・住居跡・石鏃(矢じり)が出土しました。 nagamasu

<尖頭器>

(長桝遺跡)

縄文時代 (13,000年前~2,300年前)

氷河期が終わり気候が温暖化すると、生態系が変化して現在のような森や動物が現れました。約6,000年前頃には海面が上昇し、今の日本列島の形に近づきました。人々は、豊かな自然の恵みに支えられ、地面を掘って作った「竪穴式住居(たてあなしきじゅうきょ)」に住み、小集落を形成して定住し、狩猟・採集・漁労の生活を営みました。土器が初めて使われた時代で、表面には縄、竹、貝殻などで複雑な文様が刻まれています。食物の煮炊きやドングリのアク抜きに使われるなど、土器のおかげで食生活が豊かになりました。また、矢じりの発明により弓矢が使われ、動きの早い小動物の狩りも可能になりました。

月崎遺跡

東岐波日ノ山の南麓、月崎海岸の砂丘上に営まれた海浜集落遺跡です。多量の土器や炉跡のようなもの、竪穴式住居の柱穴が出土しました。縄文時代前期(約6,000年前)と後期(約3~4,000年前)が、遺跡の最盛期です。土器の他に、石錘や土錘(漁網用のおもり)が多数出土しました。海岸沿いであることから、漁労中心の生活であったと思われます。他に、石鏃(矢じり)、石きり、石斧、木の実をすりつぶす磨り石などもありました。日ノ山などで小動物を狩り、木の実を採集していたことが伺われます。西部瀬戸内地方を代表する縄文遺跡です。

maedaiseki

<石斧>
(東岐波・前田遺跡)

tokiwaike

<石鏃>
(常盤池遺跡)

doki
<縄文土器>
yaziri
<石鏃>
isiomori
<石錘>
isiono
<石斧>
doki-1
<縄文土器>
isisazi
<石さじ>  <石きり>
tutiomori-1 tutiomori-2
<土錘>

お問い合わせ

組織名称:教育委員会事務局 学びの森くすのき・地域文化交流課 企画運営係

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