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うべきっず 宇部市の歴史

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幕末

1853年(嘉永6年)の黒船来航以来、国内の政治は混乱していました。長州藩は政治上の意見の違いから幕府と対立するようになり、武士だけでなく農民にも武器を持たせ農兵として訓練するなど、戦争に備えました。
そして1864年(元治元年)、長州軍と幕府軍が京都で衝突する事件が起こりました。長州軍を率いたのは、藩の家老の福原越後、国司信濃、益田右衛門介でした。福原越後は宇部に、国司信濃は万倉に領地を持っていたので、これらの地域から多くの武士や農兵が京都に行って戦いました。しかし、長州軍は大敗し、事件の責任者として3人の家老は自害させられました。
その後、再び勢いを盛り返した長州藩は薩摩藩(当時の鹿児島県の名前)と共に幕府を倒し、明治政府を打ち立てました。

グローバル500賞の表彰状だよ!

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